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塩部 泰

Author:塩部 泰
京王線芦花公園駅を挟んで南と北にある2つの接骨院、名倉堂接骨院の院長日記です。

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院長日記
接骨院の院長の日記です
お餅を背負って
 わが娘はこの度無事に1歳を迎えました。生まれた時は小さくて色々と心配もしましたが、すくすくと育っているようです。本当の誕生日は3日なのですが、じじばばたちを招いての宴を14日に開催しました。1歳の誕生日に1升のお餅を背負わせて歩かせると一生食うに困らないそうなので、我が家でも行いました。娘は11カ月ごろから歩き出し、年の割には健脚のようだったので、1升(約5キロ)の餅くらい軽々と背負って歩くのかと思いましたが、1歩歩くのが精一杯でした。残念ながら伝説を作ることはできませんでしたが、これからも普通で構わないから元気に育ってほしいものです。
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《餅の重さに耐えかねて・・・》
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嵐の結婚式
 9/7(日)伊豆高原のホテルにて従兄弟が結婚式を行いました。我が家も1歳を迎えたばかりの娘を連れ、電車・日帰りで参加することとなりました。朝、6時半に気合で起床。バタバタと支度をし、半分寝たままの娘を一張羅に着替えさせ慌ただしく出発。ちょうどいいタイミングで新宿駅に着き、ここからは踊り子号で乗り換えなしの快適な旅です。『飲み物なんかは車内で買えばいいね。』と言いながらも、売店のカツサンドがおいしそうに見え、飲み物と一緒に購入し出発。車内は快適で、娘の機嫌もよさそうです。娘の朝食を車内で取らせているときに、車内アナウンスで『この電車内では飲食物の販売はしておりません。ご了承ください。』とのアナウンスが流れました。『乗車前に言ってくれなければ意味ねぇじゃん!』と思いましたが、たまたま購入していた悪運の強さにホッとしました。しかし、今になって思えば、このJRの乗客に対する姿勢が激動の一日の始まりだったような…。
 新宿からちょうど2時間で伊豆高原に到着。タクシーで10分ほどでオシャレなホテルに着き、久しぶりに会う親戚に娘の成長を報告すると、笑顔が絶えない輪が出来ました。幼子の持つ癒しのパワーは凄い物だと感心していると、3日に誕生日を迎えたばかりの娘にお祝いを頂いてしまいました。皆様、本当にありがとうございました。我が家の生活費にはせず、おもちゃでも買ってあげることといたします。
 結婚式はアットホームな雰囲気のなか進みました。新婦は私の従兄弟には全くもったいない美しさでした。お二人さん、本当におめでとう。心配した娘も大騒ぎはせず、何とか式を乗り越えることが出来、ホッと一安心です。嬉しい時間はあっという間に過ぎ、午後4時にはホテルを後に帰路につきました。16時42分発のスーパービュー踊り子号で新宿までひとっ飛び…のはずでしたが、なぜか小田原で電車は止まってしまいました。聞きづらい車内アナウンスによると、落雷があり信号が故障、復旧まで時間がかかるとのことです。30分ほど待ちましたが一向に復旧する気配はありません。車内アナウンスは何度も流れますが、何も情報は入らず不安は募るばかり。駅員に聞いても何もわからないの一言。これは困った…。決める情報はないまま、ギャンブルに出るしかありませんでした。朝の車内販売がないと乗る前に言わない事や、復旧に向けた情報が無いことから、JRを信用することを諦め、小田急線へ。しかし、何と今度はその小田急線も町田で止まってしまいました。これは、私の日ごろの行いのせいなのか、神が与えた育児への試練なのか、悩んでいても仕方がないので、今度は横浜線へ。橋本で京王線に乗り換えて何とか千歳烏山に辿り着きました。2時間半で家に着くはずが、4時間半かかりました。1歳の乳飲み子を抱えた電車での移動は本当に大変でしたが、何とか我が家へ帰ることができました。
 それにしても、天災は仕方がないのは分かりますが、何か判断の基準を示してくれないと困ります。特にJR!きれいなユニフォームの女性乗務員が出口毎にいたのですが、何の情報も伝わらないようでした。どうやって判断しろというのでしょうか?何とか帰れましたが、もし復旧を信じて待っていたら、家に着くのは日付が変わるころになっていたようです。一歩間違えば、大変なことになっていたと思うと、もう少し対策をと願って止みません。
 しかし、JRに良い人もいました。行きの踊り子171号の車掌さんは、ベビーカーを置きやすい席に変更してくれて、本当に助かりました。 正に、行きは良い良い帰りは恐い旅行となりました。
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《新婦と娘》

烏山チャリティーマラソン&野球大会の結果報告
 8/31に行われた、烏山チャリティーマラソンに、当院から中野と松井が参加しました。5キロのコースを5名で走ったとのことで、一人当たりたったの1㎞
です。これでは疲れる間も無かっただろうと思いましたが、それなりに疲れたそうです。エド・はるみが一人で114㎞走ったとのと比べると同じチャリティーマラソンでも大分違ったものとなったようですが、地域の皆様と力を合わせてボランティア活動も行ったようですし、二人とも本当にご苦労さまででした。
 一方、私はと言うと、当日朝8時に永福町に集合し、杉並区柔道接骨師会の皆様と親善野球大会を行う予定でしたが、朝まで降り続いた豪雨の影響で、野球大会は中止となってしまいました。大会後に予定されていたバーベキューも一緒に中止になってしまったのですが、世田谷のメンバーだけでバーベキューをすることにしました。急遽用意を進めている中で、杉並の先生方と連絡が付き、結局、世田谷・杉並合同でバーベキュー大会を行うこととなりました。午前9時半にはビールの栓を抜き、総勢20名を超える“おっさん”だけの大宴会です。昼前に酔いつぶれるものが出始めるという、極めて不健康な宴となりました。その後お蕎麦屋さんで2次会を行いましたが、この日が私の36回目のバースデイということで、居合わせた皆さんでお祝いしてくださいました。他に誰も祝ってくれませんので、本当に嬉しかったです。
 そんなこんなで、チャリティーマラソンの会場に着いたのは午後4時半を回ってしまいました。完全な酔っぱらいで、何の役にも立ちませんでした。まじめにボランティアを行っていた皆様、申し訳ありませんでした。来年はボランティアとしても、ランナーとしても活躍するかもしれないと誓いつつ、激動の一日は幕を下ろしました。
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〈見た目と違って、結構いい人たちです。〉