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塩部 泰

Author:塩部 泰
京王線芦花公園駅を挟んで南と北にある2つの接骨院、名倉堂接骨院の院長日記です。

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院長日記
接骨院の院長の日記です
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もう一つの東京マラソン(2)
 朝6時に起きてから、既に12時間近くが経過し、くたくたになって帰路に着きました。愛する妻と娘に早く会いたいと、ユリカモメの駅に向かったのですが、直前でりんかい線の方が近い事に気が付きました。そこで、来た道を戻りりんかい線の駅へ。5分ほど余計にかかったでしょうか。
 りんかい線で大崎まで行きました。駅に着き、山手線へ向かいましたが、階段を上がったところで、埼京線の文字が見えました。そうです、新宿までは埼京線でいけたのです。これは早いし大助かりと、再度階段を降りて埼京線ホームへ。なんてことは無い、りんかい線の向かいのホームで待って居た電車でした。くたくたの中の階段の上り下りは、確実に残りの体力を削いでいきました。
 その後、渋谷へ着きました。少しでも早く帰るには、渋谷から井の頭線だと思い、迷わず降りました。しかし、初めて降りた埼京線渋谷駅のホームは、山手線とは違い、かなり遠い所にありました。動く歩道を2つ超え、10分近く歩いてやっと井の頭線にたどり着きました。これなら、新宿駅の方が早いし歩かなかったと、自分の運の無さと、都民とは思えない無知さを感じました。
 井の頭線を明大前でおり、京王線の各駅停車に乗り込みました。芦花公園駅に着き、家に電話を入れた後、大きな間違いに気が付きました。自転車を八幡山に置いていたのです。我が家は駅から遠いので雨でも自転車は欠かせないのです。仕方がないので、又電車に乗り一駅戻りました。疲れは限界に達し、最早歩くという選択肢は無くなっていました。
 自転車に乗り込み、後は帰るだけの筈でした。いつも通る環八の一つ内側の細い道を通ろうとしたとき、出前のバイクと思しき輩が自転車の通り道を塞いでいたことに気が付きました。仕方がないので、直前を左折しました。すると、暗闇の中から、完全に錆びつき茶色の保護色をまとった車止めが出てきたのです…。全く気が付かず、自転車ごと衝突しました。転倒こそ避けたものの、疲れは限界を軽く超えました。バイクを止めていた奴に文句言ってもただの八つ当たりなので、ぐっとこらえて後50Mに迫った我が家に向かいました。
 やっとの思いで家に着きました。家族から、特に大きな労いも無く、お風呂掃除をしました。必要とされる度合いが、我が家と仕事関係では、大きく違うようです…(T_T)
 
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もう一つの東京マラソン(1)
 2/22㈰ 毎年の恒例となりつつあります、東京マラソンに(公社)東京都柔道整復師会 広報部の写真係として参加して参りました。東京マラソンは3万5千人が走るのですが、実に1万人とも言われるボランティアが参加して成り立つイベントでもあります。特に今年はテロの心配が拭えず、これまで以上の厳戒態勢の中の大会となりました。
 今回、初めてプレス関係のパスを入手していただき、プロのカメラマンに交じってスタート位置の好ポジションに着けることとなりました。これまでは、沿道でしか撮れなかったので、大きな進歩です。最早、場所が悪かったとの言い訳は通用しません(^_^;)
 朝の7時半までにプレス関係は都庁の都議会棟に集合とのことで、家を6時半に出なければなりませんでした。しかし、遠足の前の子供の如く、前夜は早く寝たかったのですが、思えば思うほど眠れません…。結局寝付いたのは午前3時になってしまいました。半分寝たまま6時に起き、30分後に家を出ました。残念な事に小雨模様で、この時点で嫌な感じに包まれていました。 
 新宿に着き、長丁場なのでしっかり朝ごはんを取らねばと思いましたが、大勢のマラソン参加者で私の愛する立ち食いそば屋は満員!和風カーボローディングなのでしょうか。他のお店も7時前は開いていない所も多く、何とか見つけたのがロッテリアでした。寝不足には重いと知りつつも、大好きなエビバーガーと目覚めのコーヒーをいただきました。しかし、のんびりする暇も無く、流し込んで集合場所へ向かいました。途中、数か所でパスと持ち物のチェックがありました。ペットボトル持ち込み禁止は事前に知っていたのですが、傘と折り畳み傘まで持ち込み禁止と言われてしまい、雨具の用意が正に折り畳み傘であった私は、使用をこの時点で封じられてしまいました。しかし、コンビニも無いし、合羽も買うことも出来ず、仕方なく濡れながら向かいました。
 プレスの集合場所で簡単な抽選を行い、スタート脇の所定のカメラブースに並びました。私は抽選番号30番で、残念ながら後ろの方でした。私の左は時〇通信。右は中〇新聞東京本社だったでしょうか。他の人達も皆最前線で働く方ばかりです。そんな中、私のスマホに電話が鳴り、『肋骨を骨折したかもしれない、どうすれば?』という電話が患者さんからありました。安静と冷却、明日の早めの来院を指示する私に、恐らく周囲の見る目は変わった事でしょう(笑)
 撮影位置に並んでからレース開始まで、実に一時間半かかりました!小雨も混じる中、慣れない私は機材を於いて離れるのも不安で、凍えながら待ちづづけました。そして、やっと時間となり、桝添都知事・陸連会長の挨拶、国歌斉唱続き、レース開始。先ずは、車いすの部から開始。参加者は少なく20名程。もっと盛り上がれば良いと思いましたが、専用の車イスは殆どレーシングカー!簡単にはできない代物かもしれません。その後、フルマラソンの有力選手紹介に続きに続き、いよいよスタート!都知事の号砲と共に、紙吹雪が舞う中のスタートは、かなり壮観でした。IMG_6172.jpg
 その頃には雨も上がり、ランナーには絶好のコンディションとなりました。私もプロのカメラマン張りにシャッターを夢中で押しました。全員のランナーがスタートを超えるまでいようと思いましたが、30分経過してもまだ終わりません。そこで、スタートを諦めて市ヶ谷へ移動。その頃には、既に8割のランナーが通り過ぎてしまいました。早朝からの参加に既に疲労困憊した私は、ゴール地点へ行くのを少し遅らせファミレスでコーヒーを飲んでしまいましたが、これはさぼっていたのではなく、安全管理の為の休憩ですので誤解の無いように…。
 その後、豊洲を経由してゴールのビックサイトに。ゴール付近での撮影をしました。42キロ走ってきたと思えない程皆さんお元気で驚きましたが、この時は4時間を切る方たちでした。その後、当会のメイン活動でもある、〈ランナーズブース〉へ参加しました。ここでは、救護室や医務室に行くほどでは無いが、普通に歩くのがつらいという方々に、ストレッチやテーピングを施し、ダメージを軽減することを目的とした軽度な応急処置を行う所です。11時半ごろから開始し、私は1時半ごろから加わりました。カメラマンはここまでで、ここからは本業の骨接ぎに戻りました。
 レースの時間が経過するにつれ、故障を訴える方が多くなります。やはり、普段から走り込んでいる人と、抽選に当たってから走り始めた方とは違うようです。気合で完走を果たした方々は、疲労困憊で満身創痍といった具合でした。会員50名が40台のベットをフル稼働させ、ひっきりなしに訪れ長蛇の列を成すランナーに対応しました。私も約3時間半で20名程のランナーに処置を行いました。その中には2名の外国の方が居ましたが、『フット!ストレッチ!OK!』という、単語のみで会話を成立させ、何とか処置を行いました。こういう時に、中学英語での躓きを思い出します。トホホ…。英会話に通おうかと、このあと3日くらいは思うのですが、すぐに忘れて毎年繰り返しています。
 大勢の方々に我々のブースをご利用いただき、午後5時半に無事に終了を迎えました。今回は、過去最高の750名超の利用があったそうです。参加した会員の皆様、お疲れ様でした。しかし、私の帰り道には、不幸の連続が待って居たのでした…(もう一つの東京マラソン2に続く)
 



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